実は私のサッカーブログ「迷い人」でのコメントのやりとりにおいて、数学の話にちょっと触れられた際、出てきた話である。
「100年の難問はなぜ解けたのか~天才数学者 失踪の謎~ 」10/22のNHK特集。
この番組、私的にかなり面白かったので、備忘録的に書きとめておく。
100年間数学者たちが証明できなかった「ポアンカレ予想」。これを解いてしまったのが、ロシアの数学者「グレゴリ・ペレリマン」である。しかし、彼は、数学界で最も権威ある「フィールズ賞」を辞退し、失踪してしまう。
で、問題の「ポアンカレ予想」の内容であるが、「宇宙の形を予想するもの」であるらしい。番組によれば、「長いロープをつけたロケットが宇宙をぐるりと回って地球に戻ってきたとして、其のロープの両端を引っ張ってロープを全て回収できれば、宇宙の形は概ね球体と言える。」「逆に引っかかって回収できなかったとするならば、例えば真ん中に穴の開いたドーナツのような形かもしれない。」というような話。これが提唱されたのが1904年のこと。
そんなことを考えて、なんになるのかという話はさておき(得てしてこういう概念から一般的に応用できる技術が発達するのだとは思うのだが)、この「ポアンカレ予想」をしたアンリ・ポアンカレさん、私はもちろん知らなかった。なんせ、数学は大の苦手。
この方は、ニュートンを起源とする「微分幾何学」(所謂細かく分解していく「硬い数学」)とは全く異なる考え方である「位相幾何学」トポロジーといわれる概念の発見者である。このトポロジーという概念は、なんとも面白く、方程式がない?そうで、非常に大雑把。微分幾何学と相対的に「やわらかい数学」とも言われる。全ての図形を、穴の数により分類してしまうのだそうだ。
例えば、スプーンとコーヒー皿は同じ形。なぜなら、穴がない。丸めちゃえば、両方とも球体と認識できる。ドーナッツとコーヒーカップは同じ形。なぜなら穴は一つ。コーヒーカップの貫通した穴は、取手のところだけでしょう?だから、コーヒーカップも単純化すればドーナッツと同じ形。といった具合。
この、トポロジーから生まれた「ポアンカレ予想」、実はポアンカレ自身も証明できなかった。予想が生まれてから100年余り、多くの数学者たちの人生を狂わせてきたそうだ。ポアンカレは、自身の予想を評してこういったそうである。「この問題は、我々を遥か遠くの世界に連れて行くだろう。」まさに、この問題によって、現実世界から遥かに離れた世界へと連れ去られるものが数多くいたのである。
番組中で、ある数学者は、数学についてこう言っていた。「数学者は、現実の世界と数学の世界を行き来している。数学の世界には永遠の真理があり、それを理解する者だけに『完璧な世界』を見せる。数学者は、それに取り付かれるのだ。」たとえどんな宗教家であっても、世の真理には到達できないであろう。信じる、信じないの是非はともかく、神の実在は証明できないからだ。しかし、数学に限らずであろうが、自然科学の分野において、証明されたことは、世のほんの一部分のことであるとはいえ、ぶれる事は無い『真理』である。そう、絶対基準=神の一旦に触れたごとき想いが生じるのであろうと、私は思う。そこに埋没してしまうことは、傍から見れば不幸であるかもしれないが、当人は幸せであるのかもしれない。いや、幸せであると見るのは早計か。其の行為が必ずしも証明に繋がる保証など何処にもないのだから。
まぁ、脇に逸れたが、こういうところに嵌りまくった人が続出したのだろう。数学のことなどよく解らないけど、なんか、シンパシーを感じる。
一歩1968年生まれのペレリマン。1982年の数学オリンピックで全問正解の金メダル獲得。問題を解くスピードが異常に速く、其の解法がとても短くて完璧。豊かな想像力がシンプル且つ美しい解法を生み出していたと、当時の恩師は評する。数学者が「死の問題」とする難問でさえ難なく解いてしまったそうだ。しかし、この時点で、彼は「ポアンカレ予想」にも「トポロジー」にもなんの興味ももっていなかった。ただ、「物理学」については、「物理学オリンピック」に出場しても可笑しくないほどの、高度な能力を有していたそうである。これが後々、「ポアンカレ予想」の証明に関し、大きなキーとなる。
そんな中、60年代中ごろから、トポロジーはアメリカで「数学の王者」と呼ばれるようになり、微分幾何学は時代遅れの数学と言われるようになった。トポロジーは、分子生物学、デザイン、経済学にも応用され、其々の分野の発展に寄与した。
そんな時代、トポロジーの天才と呼ばれた、アメリカの数学者スメールが、「ポアンカレ予想」の証明において新しい発想を打ち出した。いままで、証明の最大の問題とされてきたのが、「ロープを回収しようとする際、絡み合ってしまい回収できなくなる」ことの解決方法であった。これを、4次元・5次元の世界を想定しそこでロープの絡み合いの問題を解決した後、低次元に推移させ、現実の3次元のなかでの解決を試みたのだ。つまり、二次元=地面の上でぶつかり合うジェットコースターの線路軌跡は、三次元の高さが加わった世界ではぶつかり合わない。というようなことを考えたらしい。確かに、高次元ではロープは絡まないことは証明できた(ちなみに、この論文はフィールズ賞を受賞している)。だが、三次元では証明できなかったのである。
その後、‘マジシャン’と呼ばれたアメリカのトボロジスト、ウィリアム・サーストンが、画期的なアプローチを発見する。
ロープの絡みを解決する方法をやめたのだ。
「ロープを回収できなかった場合、球体以外のどんな形がありうるのか?」ここから解法を見出そうとしたのである。彼はトポロジーを用い、宇宙の取りうる形を全て分類しようと試みた。目に見えるものは、穴の数で分類できるが、目に見えないものはどうやって分類するのか?この問題も乗り越え(どうやったかの説明はなかったし、もしあったとしても理解はできなかった)、ついに有る結論に達する。
「宇宙はどんな形であろうとも、必ず最大で八つの異なる断片から成り立つ」という「サーストンの幾何化予想」の誕生である。1982年のことであった。
万華鏡は、様々なパターンの形を見せてくれるが、元はといえばいくつかのビーズが組み合わさってできる形である。つまり、宇宙は8種類のビーズでできた万華鏡のような物であるということだ。
丸とその他7つの「丸で無い形」。この「丸で無い形」の理解は相当に難しいそうである。
まぁ、宇宙の中に一つでも丸くない形が含まれていれば、ロープは回収できないことになる。つまりは、幾何化予想が証明されれば、「ポアンカレ予想」は証明されるのである。・・・頭痛くなってきた。
ロープの回収の証明から、8つの形で分類できることの証明へと変わったんである。
しかし、サーストンは自分で証明はできなかった。アイデアが涸れてしまったと本人は評している。
ここで、「ポアンカレ予想」の証明は一旦膠着状態になる。
その後、ソビエト崩壊により、両国間での数学者の交流が活発となり、1992年、ペレリマンがアメリカにわたることとなる。26歳であった。
この時、ペレリマンの専門は微分幾何学。そう、アメリカにおいて時代遅れとされた数学である。
この時期のペレリマンに関する面白いエピソードがある。彼の論文が、あまりに簡潔だった為、担当教授が「もっと言葉を足して、丁寧に書いた方がいい」と指導したところ、ペレリマンは激しく反発したそうである。そこで、この担当教授は「アマデウス」のこのエピソードを思い出したそうである。・・・モーツアルトの曲を聴いた国王が、彼に言った「素晴らしい音楽だが、音符が足りない。」すると、モーツアルトは「では、どの音符が足りないのか教えていただきたい」と噛み付いた。
こんなペレリマンが「ポアンカレ予想」について興味を持った切っ掛けが、ハミルトンのリッチ・フロー方程式という物理学の方程式を見た為だという。彼は、このリッチフローを用いることで「幾何化予想」を証明できると考えたのか。彼は、ロシアに帰り、孤独の中で研究に取組むこととなる。
7年後の2002年。インターネットに「ポアンカレ予想」の証明がでているとの話がでる。しかし、当初誰も信じなかった。しかし、2003年、インターネットの論文を書いた者とコンタクトとり、説明を求めることとなる。
その会場には、トポロジーの専門家たちが大勢集まった。その前に現れたのは、ペレリマンであった。
ペレリマンは、トポロジーを利用せず、時代遅れと評される微分幾何学と物理学を駆使し「幾何化予想」を証明し、「ポアンカレ予想」を証明して見せたのだ。
其の時の様子を、あるトポロジストはこう語る。「まさしく、トポロジストにとっては悪夢でした。ポアンカレ予想を解かれた事に落胆し、それがトポロジーによってなされたのではなく、自分たちが時代遅れと見做していた微分幾何学と、まったく関連性を認知されてなかった物理学を用いてなされたことに落胆し、其の解説が全く理解できないことに落胆したのです。」
2002年~2003年にかけて、ペレリマンは3つの論文を発表。これが4年かけて検証され、正しいとされた。
100年の難問「ポアンカレ予想」は証明されたのである。この3つの論文がフィールズ賞を受賞したが、ペレリマンはこれを辞退。人々の前から姿を消した。
ペレリマンの高校時代の恩師はこう語る。「ペレリマンは孤独に絶えたのではないか。日常から真っ二つに引き裂かれてしまった。かれは、孤独に耐え、ポアンカレの試練を潜り抜ることができた。しかし失ってしまったものがあるのだ。」と。果たしてそうなのか。かれにとっては「ポアンカレ予想」に没頭している時間は、ある意味至福の時ではなかったのだろうか。
あるトポロジストは言う。「登山家は山で命を落とすことをいとわない。数学者も同じ。命はいらない。一度でもその喜びを味わってしまうと、忘れることはできないのだ。」
ペレリマンは、新しい興味ができたと、近しい人間にもらしたという。彼は、まだ至福の時を続けているのだろうか。
・・・・・・世紀の難問といわれる問題は、ポアンカレ予想のほかにあと3問残っているという。
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